久世祭りで使用されるお神輿(おみこし)の紹介です。
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往古(おうこ)は形部神社と称し、後に正健大明神と改称、明治6年2月久世神社と改称した。美作国宮社10処の内に入る延善式内社である。貞観(じょうがん)6年8月従5位上被叙社田を賜り、享保(きょうほう)17年6月正5位に叙せられた。古式(平安以前)熟饌および古儀の祭典が伝わっており例大際には他社の神輿と相会し「五社祝詞」を泰し古式膝餅と天の甜酒(たむさけ)を供す。 |
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宝亀(ほうき)2年3月13日創建。美作古社12社の内、久世郷の総氏神であって特に攘疫除災の信仰があった。本殿は元禄(げんろく)6年3月に造営せられ以来25年毎に屋根を葺替えて現在に至る。例祭には本神社の飛地境内地御供殿で五社立合の神祭があったが、現在は神社地の若王神社で行われている。 |
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真庭市鍋谷字平に鎮座し、社伝によると保安(ほうあん)元年に鍋谷村の土産神社として山城国石清水八幡宮から勧請し、誉陀別之命を主祭神に素盛鳴尊・軻遇突知命を祀る。神社正面の鳥居は江戸時代中期の享保10年に健立。現在の社殿は昭和5年に再建された。 |
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後醍醐天皇正中2年38社を観請する神社と伝えられてから三十八社宮と称していたが明治6年三榮神社と改称し村社に列格した。古来庶民の信仰篤く殊に慕政中備前守長政公や久世代官早川氏等の崇敬する神社として明治維新までは社殿の造営等には寄進(きしん)が行われた。 |
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本殿は寛政(かんせい)4年に願主太郎右衛門によって再建されたものが昭和3年に移築された。しかし老朽が激しく平成9年式年遷宮に当たり氏子並びに嵩敬者の浄財により木造1間社流れ造り(7尺)とし幣殿と共に改築された。なお、拝殿は嘉永(かえい)6年に再建された本殿と共に昭和3年に移築されたものが現存する。 |