だんじりの由来

久世のだんじりの始まりは江戸時代後期。御神輿のように担いでいたことから「担ぎだんじり」と言われていましたが、担いでぶつけ合っていたことでケガ人が絶えず、大正時代中期、馬車台に乗せたことが現在のだんじりの原型です。

大正時代「担ぎだんじり」中川橋にて

昭和30年代まで町の中心を流れる旭川の交通として使われた高瀬舟に由来して、だんじりは船形です。

激しくぶつけ合うだんじり後方は頑丈な鉄板で覆われ、先端の突先は相手のだんじりを突き刺そうとして尖っています。戦時中は鉄板を供出したために鉄道の枕木を尖らせてぶつけ合っていました。

昭和10年代「中央社」

だんじりの紹介

上王社

かみおうしゃ

久世だんじりで最も古い歴史。現在のだんじりは、昭和63年飛騨高山の宮大工により新調。 総けやき造りの宮が自慢。社紋は、表紋の桔梗に裏紋の車に西を重ね合わせたもの。

西親社

せいしんしゃ

大正12年製作のだんじりを平成17年まで使用。平成18年砂利輪以外を新調。社紋の亀から”どんがめ”の愛称で親しまれている。

中央社

ちゅうおうしゃ

昭和61年再建。昭和22年製の砂利輪は、現在も使用。社紋の元車は、最初にコマをつけたことから由来。

朝陽社

ちょうようしゃ

昭和63年新調。座板と馬車台以外は総ケヤキ造り。社紋は桜に”ひ”の字。町の東に位置し朝日の”ひ”をとる。別名「日の出組」の愛称で親しまれている。

東明社

とうめいしゃ

先代は昭和9年製作。平成19年新調。社名は陽が上る東のだんじりから由来。社紋は表紋が桜に東。裏紋は竜の爪”蛇紋”。

栄朝社

えいちょうしゃ

昭和初期製作。馬車台は製作当初の桧のまま。社紋は栄町が芸者町であったことに由来して扇子に”さ”。

惣髙社

そうこうしゃ

昭和54年新製。平成7年喧嘩だんじりとして”だんじり喧嘩”に参加。平成16年馬車台・突きなどを大改造。社紋は高瀬舟の波止場があったことから桜に高瀬舟。

若王社

わかおうしゃ

久昭和58年新製。平成7年喧嘩だんじりとして”だんじり喧嘩”に参加。平成17年馬車台をけやき製に。社紋は若王神からとる。

泉朝社

せんちょうしゃ

昭和63年朝陽社のだんじりを譲り受ける。平成7年よりだんじり喧嘩に参加。社名は氏神朝日神社の”朝”をとり、社紋は桜と水の流れの3本の線をイメージしている。

麗新社

れいしんしゃ

平成6年女性だんじりとして登場。